ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載3】
たくさんの人に本を開いてもらうために
かもめブックス(東京・神楽坂) 前田隆紀さん


「店頭特集」、「はたらく本棚」、独創的なテーマ切り
近年注目されている「奥神楽坂」エリア。“la kagu”(ラカグ)とともに、この街に新風を吹き込んだのは、2014年11月にオープンした「かもめブックス」です。
前の本屋さんが閉店することを聞いた校正・校閲の会社、鷗来堂(おうらいどう)社長の柳下恭平さんが、「街の本屋をなくしてはならない!」と立ち上がったことでこの店は生まれました。オープニングスタッフとして「かもめブックス」の書店パートをイチから作り育ててきた前田隆紀さんに、本を読まない人が手に取りたくなるような工夫や仕掛けをお聞きします。
── 雑誌の「巻頭特集」ならぬ書店の「店頭特集」コーナー。テーマはどなたが決めるのですか?
オープン当初は会議で決めていましたが、今は基本的に私が考えたものをみんなに提案する形をとっています。できるだけ、自分の趣味を強く出さないようにしているつもりですが、何かしら出ているでしょうね。たとえば、今は「酔いどれかもめ亭」というテーマで、小説やエッセイ、レシピなど、お酒にまつわるさまざまなジャンルの本を集めて紹介しています。3週間に1度入れ替えるのですが、帯もオリジナルのものを作って巻くなど、少しでも目を引くようにしています。
── 書棚を拝見しましたが、テーマの切り方が独特ですね。
親会社が校正・校閲の会社というのもあって、言葉に関する書籍を手に取っていただくことが多いのですが、たとえば言葉系のコーナーでは、「言語」や「言葉」という大枠ではなく、もう少し細分化というか、踏み込んだテーマの切り方をしています。外国語についての本や翻訳本、海外で暮らす小説家やエッセイを「言葉と言葉が出会うとき」というテーマでまとめたり。
どちらかというと専門的な本というより、初めての人でも読みたくなるような間口の広いタイプの本を並べています。
── あと気になったのは「はたらく本棚」のコーナーです。選者はどのような方が多いのでしょう。
職業の異なる6名の選者がそれぞれ3冊ずつ紹介する常設コーナーですが、編集者や映像監督、お坊さんなど、職業や年齢は多岐に渡っていて、おもしろい人に会ったらその都度お願いするというやり方で進めています。いつもコーヒーを買いに来られる常連のクリエイターさんにお願いしたこともありました。さまざまな職業の人がどんな本に影響を受けたかがわかるので、どの人の選書も興味深いですよ。ここは一人ずつ入れ替えていく緩やかなスタイルにしています。
本もコーヒーも、選ぶ楽しさを味わってほしい
── 初めての人でも手に取りやすい本を選んでいらっしゃるとのことですが。
選書は私ともう一人の書店スタッフで決めているのですが、普段本を読まない方もいらっしゃるので、並べる本はかなり厳選しています。店の規模が小さいので、新刊の中から絞り込む技術は、この店に来てからより磨かれてきたかもしれません。コーヒーを買いに来たついでに本のコーナーに来る人もいれば、ギャラリーや雑貨を見た後で書棚の前を通る人もいる。
そんな人が一目見て、「おもしろそう」と思っていただけるような売り場づくり、そして何より興味深い本を並べたいなと思っています。
── カフェのコーヒーも、かなりこだわりを感じます。
京都の自家焙煎珈琲豆専門店「WEEKENDERS COFFEE」さんが焙煎した豆を使わせてもらっています。
ハンドドリップコーヒーの場合は、3~6種類の豆からお好みのものを選んでいただけるようにしています。本を好きな人が飲んだことのないおいしいコーヒーに出合う。そして、コーヒー好きの人が思いがけず本に出合う。そんな相乗効果が生まれることを期待して、どのコーナーのスタッフも「入りやすさ」と「選ぶ楽しさ」をお客さんに味わっていただけるよう心がけています。
本のよさを自分の言葉で伝えられるように
── 奥にはコミックコーナーもあるんですね。
当初からコミックを置きたいという構想はあったのですが、オープンまで時間がなかったので、まずは書籍だけで始めて、しばらくしてからようやくコミックコーナーができました。今は30~40代の女性が多いので、ジャンルとしては女性向けのコミックや、昔の少女漫画などが多いでしょうか。池田理代子さんの『ベルサイユのばら』や萩尾望都さんの作品など、時代を経ても色あせない名作も並べているので、そのあたりが人気ですね。今後、男性の方が増えてきたら、ラインナップも変わってくると思います。
── これからの“街の本屋さん”に求められるのは何だと思いますか?
ベストセラーだから、人気作家だからというのを前面に出すのではなく、顔の見える店員がいかにその本が好きで、どういいかをきちんと自分の言葉で伝えられるかどうかが重要になってくると思います。そのためには、本を紹介する専門家として、これまで以上により深く本を読み込み、向き合わなければいけないなと感じていて。どう見せるかも大切な要素になってきますし、選書する力だけではなく、キュレーターの役割も担わなければいけないので大変ですが、それも含めて楽しんでいけるといいですね。

「店に入った瞬間のわくわく感」を大事にしたいという前田さん。コーヒーのかぐわしい香りに包まれながら、カフェ、本屋、ギャラリーが見渡せるエントランスに立つと、お店の思惑にまんまとハマってしまうことでしょう。居心地のよい空間に身を任せているうちに、生きるヒントを得られる言葉や気づきを与えてくれる作品に出合えるかもしれませんよ。


かもめブックス前田さんのおすすめ

『草薙の剣』橋本治(新潮社)
10代から60代まで、10歳ずつ年の違う6人の男性が主人公となり、戦後から現代にいたるまでの日本社会を描いた長篇小説。働く姿勢や気質など、世代によって異なる考え方やその原因が登場人物を通して見えてきます。他の世代からはこう見えているのかという発見もあり、読み応えがありますよ。
『安吾のいる風景』坂口綱男(春陽堂書店)
無頼派の作家・坂口安吾。その息子であるカメラマンの綱男さんが、安吾の生まれ故郷や行きつけの店など、父親の足跡を写真に収めたフォト・エッセイです。安吾が亡くなったのは綱男さんが2歳のとき。記憶にはないはずの父・安吾の姿を写真を通して感じ取り、語りかけているようです。

かもめブックス
住所:162-0805 東京都新宿区矢来町123 第一矢来ビル1階
TEL:03-5228-5490
営業時間:11:00 – 21:00
定休日:毎週水曜(祝日の場合は営業)
http://kamomebooks.jp/

プロフィール
前田隆紀(まえだ・たかき)
1981年、和歌山県生まれ。青山ブックセンターを経て、かもめブックスオープニングスタッフに。現在、かもめブックスの選書、店頭特集、テーマ選定などを担当している。


写真 / 千羽聡史
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
     春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。