株式会社春陽堂書店は、信念を貫いた生き方で多くの人びとに感動を与えた文化人・表現者を顕彰する「第三回種田山頭火賞」の受賞者を、ピアニストの碓井俊樹さんに決定いたしました。
授賞式は2020年10月22日(木)、オンラインにて開催となりました。

(※オンライン配信は終了しました。後日、ダイジェスト動画公開予定です)

第三回受賞者決定!〔ピアニストの碓井 俊樹さん〕

漂泊の俳人・種田山頭火を彷彿とさせる人を現代に探し顕彰する「種田山頭火賞」は今回で第三回をむかえました。 6月に開催しました選考会では、選考委員である作家の嵐山光三郎さんと作家・国文学者の林望さんにより、さまざまな分野でご活躍の方々を候補に挙げていただきましたが、世界を飛び回って演奏活動を展開している碓井俊樹さんに決定いたしました。
碓井さんは東京芸術大学を卒業後、ヨーロッパにて研鑽を積み、多くのコンクールに入賞。各国の国際音楽祭にも出演しながら、パレスチナ難民キャンプや南極大陸など、訪れることさえ困難な場所での演奏活動も続け、友好を深めた国や地域は40以上にのぼります。
このような世界各国を舞台にした活動が、放浪を続けながら信念を貫いた山頭火を彷彿させるとして受賞理由といたしました。
【受賞のことば 碓井俊樹さん】
「種田山頭火賞を受賞することができ、大変光栄に存じます。オーストリア留学時代にドイツ人の恩師から、“日本の俳句を勉強することは演奏において大変有意義である”とお話された事が今になり再び蘇ってきたことは大きな驚きです。」

【受賞者プロフィール】
碓井 俊樹(うすい・としき) ピアニスト。東京藝術大学附属音楽高等学校および同大学を経て、ザルツブルク・モーツァルテウム芸術大学で研鑽を積む。ヴィオッティ国際音楽コンクール入賞、オランダミュージックセッションにてドネムス演奏賞、ウィーン現代前衛芸術団体TAMAMUより現代芸術特別賞、カントゥ国際音楽コンクール優勝など数多くの受賞歴を誇る。国内外のオーケストラのソリスト、国際音楽コンクールの審査員も務め、ウィーンを拠点に40カ国以上にて演奏活動、南極大陸をはじめ100カ国以上の渡航歴がある。平成29年度外務大臣表彰を受賞。ジョージア共和国シグナギ市名誉市民を称号を授与される。一般社団法人横浜シンフォニエッタ代表理事、日本香港音楽協会理事長(香港)、長野芸術文化振興協会音楽監督、兵庫県豊岡市“おんぷの祭典”音楽監督、上野学園大学客員教授。

【第三回授賞式はオンライン開催】
今回の授賞式はオンラインにて開催いたしました。碓井さんならではのピアノ演奏の中継や、また特別ゲストとして親交が深い指揮者・山田和樹さんご登場のもと、「旅と芸術」をテーマにリモート対談をしていただきました。大変楽しい対談となりました。
授賞式の模様は、後日動画として公開予定です。

種田山頭火賞 とは

漂泊の俳人・種田山頭火の全集や書籍を多く刊行してきた株式会社春陽堂書店により、創業140年の記念事業として2018年9月13日に「種田山頭火賞」は創設されました。
今年で没後80年、自然に親しみ酒を愛し、自分の理想を求めて行きつ戻りつしながら信念を貫いた山頭火。そんな生きざまを彷彿とさせる人を現代に探し顕彰することが本賞の目的です。
選考委員は作家の嵐山光三郎さんと作家・国文学者の林望さん。これまでの受賞者は、第一回が麿赤兒さん(舞踏家・俳優)、第二回が伊藤比呂美さん(詩人・小説家)。

種田山頭火賞 受賞者

【第二回】
伊藤比呂美(いとう・ひろみ)
1955年東京都出身。詩人、小説家。
詩集『草木の空』でデビュー、同年に現代詩手帖賞を受賞。80年代に『青梅』『テリトリー論』で注目される。また『良いおっぱい悪いおっぱい』『おなかほっぺおしり』などの育児エッセイでも話題に。1999年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2007年『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞など受賞歴多数。詩集、小説はもちろん、『たそがれてゆく子さん』などのエッセイや訳書も多い。

©吉原洋一

【第一回】
麿 赤兒(まろ・あかじ)
1943年奈良県出身。
1943年奈良県出身。舞踏家・俳優。
64年より舞踏家土方巽に師事。その間唐十郎と出会い、状況劇場に参加。唐の「特権的肉体論」を具現する役者として、その怪物的演技術により演劇界に多大な影響を及ぼす。72年に舞踏集団「大駱駝艦」を旗揚げし、舞踏に大仕掛けを用いた様式を導入。天賦典式(てんぷてんしき)と名付けたその手法は、国内外問わず大きな話題となり「BUTOH」の名が世界のダンスシーンを席巻する。舞踏家・俳優・振付家・演出家としてあらゆるジャンルを越境し、舞台芸術の分野で先駆的な地位を確立している。

©白鳥真太郎


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種田 山頭火(たねだ・さんとうか)とは


俳人。1882年、山口県防府市に大地主の長男として生まれる。9歳のとき、母が自殺。早大文学科中退。家業の酒造業を営むが破産、家は没落。43歳で出家得度する。行乞放浪の生活を記録した膨大な日記、12000句以上の俳句を遺す。1940年、松山市「一草庵」にて泥酔のまま58歳で亡くなる。